残された人形(前半)

残された人形

舞台中央に人形(ティナ,ケティ、エーリック、アーブル、ピア)が置いてある。

下手の前の方に机と椅子。中間幕閉まっている。照明付き音楽なる。しばらくして

キャリー (上手から出てくる)うわーボロい人形!これでも人形かしら、きったないわね

マリーナ (上手からゆっくり本を読みながら)50年ほど前ドイツがオランダまで侵入し     ユダヤ人虐殺の手も広がってきた

キャリー 50年?!通りでボロいはずだわ!

マリーナ 本当古い人形ね。(机に目を留め)ねえ、ここに机があるから書かない?

キャリー でも、信じらんない!この資料館、なんだか薄暗いし、シーンとしていて気味が     悪いわ。私たち以外誰もいないんじゃないの?それにこんな不気味な人形も置い     てあるしね。

マリーナ 仕方ないわよ、戦争資料館だもん!

キャリー マリーナ、何だかこの人形生きてるみたいじゃない?

マリーナ それより、この人形たちどんな子の遊び相手だったと思う?

キャリー でも、きっと私たちと同じくらいの歳の子じゃない?戦争の頃なんておもちゃとか

なかっただろうから、こんな人形でも唯一の宝物だったんじゃないの。

マリーナ 宝物か。そうね、この人形たち一体どんな思いで持っているのかしら。

キャリー さあね

マリーナ じゃあ私、この人形のこと書こうかな

キャリー こんな人形でも書くことあるの?!

マリーナ あるわよ。

二人ストップモーション照明

エーリック 思い出が戦争中なんて、ろくな思い出がないですよ。ドイツ兵は罪のない人たちを次々と殺していきました。

ティナ   唯一楽しかった事と言ったら ルイーズやクルトと遊んだことね。でも、兵隊に家を見つけられるんじゃないかっていつも怯えていたわ

ピア    見つかったらユダヤ人殺されちゃうもんね。

ティナ   私たち人形は助かったけど

アーブル 本当に楽しかったって言えるのか!こんな狭いガラスの中に閉じ込められて、誰にも相手にされずに!人間の晒し者になってるって言うのに!!人間なんて…

ケティ  じゃあ、アーブルはクルトのことも嫌いだって言うの?!

エーリック ルイーズヤクルトは別ですよ。そうでしょう、アーブル?

ピア   私たちが今こうしていられるのはルイーズのおかげでしょ?アーブル、そのことも忘れちゃったの?!

アーブル 覚えてるよ、忘れるもんか!!

場面変わってルイーズたちの隠れ家へ。ルイーズ、クルト座ってミルクを飲んでいる

クルト  ねえ姉さん。今日は雨かな?

ルイーズ そうね、そういえば雨の音がするもんね。

クルト  嫌だなー。それに地下室って窓がないんだもん。

ルイーズ ドイツ兵に見つからないためには隠れて住むしか方法がないのよ。いつか必ず外に出られる日が来るわよ。

クルト  そうしたら父さんと母さん帰ってくる?ドイツ兵に連れて行かれてからもう1ヶ月もたっちゃったよ

ルイーズ 早く帰ってくるようにお祈りしましょう

クルト  父さんと母さんが早く元気で帰ってきますように!

ルイーズ さあ、クルト。今日は何をして遊ぶ?

クルト  うーんとね、お城ごっこ!!僕が王様で、ねえさんはそうだなあ…隣の国のお姫様!!

ルイーズ  じゃあ家来はアーブルとエーリック。私の妹はぴあで、他の国のお姫様はティナとケティね。

クルト  うん!!王様、部屋から出てきます!パンパカパーン

ルイーズは腰を低くしてスカートをつまむ

クルト  ねえ

ルイーズ どうしたの?これ

クルト 階段のところに置いてあったの。

ルイーズ じゃあ、またおばさんからね。『ルイーズさん、いきなり粉ばかりでびっくりしたでしょうね。それはパン作りの材料です。』

クルト 母さんがよく作ってくれてたね。それでどうするの?

ルイーズ 『それだけあれば50個ほどできるはずです』

クルト 50個?!

ルイーズ それからクルトにはもう話しましたか?一か月前の……

クルト  何?ねえさん、ねぇったら

ルイーズ なんでもないの!『それではまた何か困ったことがあったら相談してくださいね、マーサより』

クルト  姉さん…?

ルイーズ クルト?姉さんなら平気よ。パン作りなら母さんの作っているところを見たことあるし、それにとっても楽しそうだったもの。

クルト 僕、手伝うよ。ねえ、何をしたらいい?

ルイーズ ちょっと待って。よく読まないと…

クルト ねえ、さっきのマーサおばさんの手紙に書いてあった、ぼくに言うことって何?

ルイーズ ああ…あれはね、なんでもないのよ。本当に、姉さんが読み間違えただけだから気にしなくてもいいのよ

クルト 嘘だ!!ねえ、本当のこと言ってよ。ねえ、言ってってばー!!気になっちゃうでしょう?!ねえってばー!!

ルイーズ しぃ。。(クルトをたしなめるように)上の人に聞こえたらどうするの?!

クルト ごめんなさい…でも…

ルイーズ あとで話すから…

クルト 本当?絶対だよ。じゃあね、あとでね。絶対だよ、約束したからね!!

ルイーズ わかったわ・・・

クルト 楽しみだなあ

ルイーズ クルト、姉さんはパンを作ってみるからクルトはとなりで本でも読んでいたら?

クルト (あくびをする)なんかねむたいなぁ

ルイーズ クルト、きのうは夜中の二時くらいまで起きていたでしょう?きっとそのせいで疲れているのよ。少し休んできなさい。お仕事が一段落したら起こしてあげるわ

クルト うん

人形たち頭だけ動かして

エーリック ああ、大変なことになりましたね

アーブル ルイーズはもう十四歳なんあから大丈夫じゃないか?

ピア でもいーっぱいつ来るんでしょう?

ティナ 何か手伝ってあげられないかしら?

アーブル マーサおばさんの所から材料でも盗んでくるか?

ピア それいい!!

ケティ そんなことしたらルイーズがよけい大変になることくらいわかんないの?ほんとに…

ティナ ねえ!!こうしない?ルイーズが寝静まった夜中にそおっとこの部屋から出てパンを全部作っちゃうの

エーリック あ、それいいですね

ティナ ルイーズ、なんだかよくわからないところがあるみたいだったし、それに一人で五十個作るより、五人で十個ずつ作った方がよっぽど早く終わるでしょう?私、前の家では台所に飾られていたから作り方ならよく知っているの。

ケティ なかなかいい考えじゃない?

ピア うん!賛成!!

アーブル わかった。それじゃあ夜中に。

人形たちがもとにもどるころ、ルイーズが部屋へ入ってくる

ルイーズ ごめんね。一緒に遊べなくって。パンをね、たくさん作らなければいけないの。でも、途中が少しわからないから、それから先へ進めないの。マーサおばさんに聞きに行くわけにもいかないし。だけど明日の朝には届けないと間に合わなくなっちゃうでしょう?ねえ、ティナ、どうしたらいいのかしら…。答えてくれるわけないわよね…。それから、戸尾さんと母さんはもう帰ってこれないってこと知ったらクルト絶対泣き出しちゃうわ。でもこのままでもいけないわよね。…どうしたらいいの?!やっぱりきちんと話すわね。(部屋を出てパンを作り出す)

クルト (目をこすりながら)姉さんお腹がすいちゃった。お仕事はひと段落した?ぼく手伝うよ

ルイーズ ううん、平気よ。もう少しで終わるからそろそろ食べましょうか?

クルト うん!!やったあ!!

人形たちの部屋

ピア どうする?もう少しで終わっちゃうって。

ケティ ばっかねー!頭使いなさいよ!クルトに心配させないように言ったんでしょう?

ピア なんだあ、そっか!!

ティナ でもルイーズだいじょうぶかしら、だいぶ思い詰めていたみたいだけど…

エーリック そうですね…

ピア かわいそう…

エーリック ルイーズ本当のことをクルトに言えるでしょうか。

アーブル さぁな・・・。でも本当のことを知ったらクルトがどうなるかが心配だな。

ティナ ルイーズたちがユダヤ人はどこかへ連れていかれちゃうんですって。

ピア どうして?ティナ!ねえ、どこに連れてかえちゃうの?

エーリック どこかの収容所にですよ。そこで何をされるかは知りませんけど、だいたい見当はつくでしょう…

ピア やだ!こわい!

アーブル ひどい話だよな、ルイーズたちは何も悪いことをしてないっていうのに。

ケティ こんなじめじめし地下室に隠れて住まなきゃならないなんてね!

ティナ 早く…こんな戦争が終わればいいのに…!!

ルイーズたちの部屋

クルト ごちそうさまー!あ、そうだ!チョッキのボタンが取れちゃったんだ。

ルイーズ またとれちゃったの?

クルト あ、それから・・・ぼく戸尾さんと母さんに手紙書こうっと(下手へ)

ルイーズ、一瞬うごきが止まり、クルトの行った方を見てため息

クルト はい、これ二つ目のボタンとれちゃったの。えーっとまず、『父さんと母さんへ。お元気ですか?新しい地下室のお家は一一階のマーサ伯母さんのパン屋の下です。』

ルイーズ え?! あ…ええ…

クルト 『父さんたち何階に住んでいるんですか?ぼくは早く窓のあるおうちでみんなで一緒に母さんの手作りパンを食べて、スープのおかわりもいっぱいして、お腹いっぱいになりたいです。帰ってくる時ご飯を作る材料をいっぱい買って、それと姉さんには…』姉さん・・

ルイーズ クルト!ボタン付け終わったわ!

クルト うん、ありがとう。ねえ、姉さんは何が欲しい?なんでもいいから言ってよ。ね、何が欲しい?

ルイーズ クルト…

クルト 何?

ルイーズ その手紙、父さんや母さんには読んでもらえないの。

クルト どうして?父さんと母さんの居場所がわからないから?

ルイーズ ちがうの・・・もう・・・読むことができなくなったの・・・。一か月前の・・・

クルト 外に出ちゃいけないんならマーサおあばさんに頼んで、あ・・・でも今いないのか・・・じゃあ

ルイーズ 私たちユダヤ人はドイツ兵に見つかって連れていかれたらもう二度と帰ってこられないの…

クルト どうして?だって「戦争が終われば・・・。・・・っ、父さん・・・も・・・母さんも・・・死んじゃったの?

ルイーズ (うなずく)

クルト うそだ!そんなのうそだよ!父さんたち死ぬわけないでしょう?!どうして死ななきゃいけないの?!うそつき、姉さんの嘘つき!!

ルイーズ クルト、全部戦争がいけないのよ。『戦争は幸せを連れてってしまう』っていつか父さんが言っていたわ・・・

クルト こわいよルイーズ姉さん!ぼく、どこにも行きたくないよ!

ルイーズ クルトは姉さんがついているでしょう?いつだって一緒よ

クルト 本当に?!

ルイーズ ええ

人形たちの部屋

ティナ かわいそう・・・

アーブル 泣くなよ。もうすぐ十二時になってせっかく動けるのに泣いていたら何もできないだろう?

エーリック そうですね。せっかく恩返しが台無しになってしまいますからね

ルイーズたちの部屋

ルイーズ ねえ、クルト。これからは二人っきりだけど、姉さんは母さんの代わりにだってなれるでしょう?

クルト うん・・・

ルイーズ がんばろうね、クルト。さあもう寝る時間よ。

宮中演劇部

台本置き場です。