ロミオとジュリエット

ロミオ…モンタギュー家

マキューシオ…ロミオの友人

バルサザー…ロミオの下男

マリーナ…マキュ―シオの妹

ジュリエット…キャピュレット家

フランカ…ジュリエットの召使

ティボルト…ジュリエットの兄

ロレンス…僧

サムソン…キャピュレット家の兵士

グレゴリイ…キャピュレット家の兵士

ピーター…キャピュレット家の兵士

エイブラハム…モンタギュー家の兵士

レナルド…モンタギュー家の兵士

アルベルト…モンタギュー家の兵士

その他

1 幕の前 

悲劇調のハミングコーラス。僧ロレンス下手から。

ロレンス「イタリア半島の北。ここはぶどうの香りただようヴェロナの町。ヴェロナといえば花の街を歌われるのに、その花をふみちらす悲しい、いきさつがある。モンタギュー家とキャピュレット家のあらそいだ。……血を血で報いるこの世の地獄の姿だ。いく時代も遠い昔から今にいたるまで、この二つの家の勢力争いにどれだけの人の生命がむざむざとすてられたことであろうか。……しかも争いはまだ果てもしない。このままではきっと、神のお怒りにふれて、どのような不幸がおこることか。……ああ、なげかわしいことだ。」

ロレンス、上手に歩み寄ると、幕が開く。

2 ヴェロナの町の広場

石段の町。壁。アーチ。塔。果物や布などを売る店。品物台。腰掛など。通行人大勢にぎやかに。車の音。呼び声。バルサザー、袋を担いで上手から。

バルサザー「(あたりを見回し)…おやあ、これはひどく賑やかなところへ出てきたぞ。はあて、どっちへ行けばいいのかな。この並木の道か、あっちの噴水のある方か、こっちの銅像の立っている道か、それとも……あれ、こっちにも銅像がある。困ったな。……うん、きいてみよう。(客席に)あのう、みなさん。ちょっとおたずねします。あのう、モンタギュー様のお屋敷はどちらでしょうか?ほら、あのロミオ様のおられるモンタギュー…え、知らない?何もご存じない?……そうですか、それはどうも……。」

バルサザー、通行人の一人を捕まえて道を尋ねる。

バルサザー「(客席に)みなさん、わかりましたよ。あちらの方です。……ああ、よかった。

バルサザー、袋を下して汗を拭く。町の人たち幾人か、その周りに来る。

町人1 「お前さん、田舎から来たんだね?」

町人2 「この街のこと知っているかね?」

町人3 「キャピュレットとモンタギューだよ」

町人4 「朝から晩まで、年がら年中大変なんだ」

町人5 「どうしてまぁ、あんなにけんかばかりやれるんだろう」

町人1 「どっちもどっち。仇どうしだ」

町人2 「お前さん。モンタギューに奉公するのかね」

町人3 「ロミオはいい人だがね」

町人4 「気を付けていきなさい」

町人5 「キャピュレット家の者に見つからないように」

バルサザー「どうもありがとう、みなさん。(行きかけてもどり、客席に向かい)あ、申し遅れましたが、わたくしはバルサザーという、いたって人のいい男です。どうかよろしく。

バルサザー、袋を担いで歩き出す。下手からきたキャピュレット家の兵士たちにぶつかる。

サムソン「やい、気を付けろ!」

ピーター「目を開けて歩け!」

バルサザー「わ!すみません…(行きかける)」

グレゴリイ「待て、どこに行く?」

サムソン「見慣れないやつだが……」

ピーター「お前は誰だ?名前を言え!!」

バルサザー「(おそれて)…は、は、あの…」

グレゴリイ「はっきりいってみろ!!」

サムソン「モンタギューのものか!」

ピーター「うそをつくと承知せんぞ!」

バルサザー「はぁ、あの、その、私は今朝がた、田舎から出てきたばかりで、へえ、おゆるしくださいまし」

グレゴリイ「モンタギューのものじゃないのだな?」

バルサザー「はあ?モンタギュー…モンタギューね。牛肉は大好物ですが、そのギューはまだ、食べたこともございませんで…へぇ。」

兵士たち「「(笑う)田舎者め!!」」

サムソン「その背中の袋はなんだ?」

バルサザー「は、あのう、わたくしの全財産でございます。」

ピーター「全財産?持ち歩いているのか?」

バルサザー「はい…戦争になると困りますもんで、焼けたり盗られたりしませんように、こうやっていつも持っております。何しろどうも、このごろの雲行きは……」

グレゴリイ「なんの雲だと…?」

バルサザー「はぁ、あっちです。ほら、あれ」

バルサザー、いい加減な方を指して、兵士たちがそちらの方を見ているうちに、袋を抱えて逃げ出そうとすると、ちょうど出てきたティボルトにぶつかる。

バルサザー「あ、おた、おた、おたすけ、おたすけ…」

ティボルト「(笑って)腰抜けめ!震えているな!」

サムソン「あ、ティボルト殿(敬礼する)」

ピーター「(バルサザーを捕らえて)こい!!」

グレゴリイ「馬鹿にしやがったな!さぁ、立て!」

ティボルト「まあ、いい。ゆるしてやれ、グレゴリイ。こんな田舎ものを相手にしてもしょうがない。」

ピーター「はい。くそっ」

グレゴリイ「ティボルト殿が来られなかったら、八つ裂きにしてやるところだが…」

サムソン「運の良いやつだ。どこかへ消えてなくなれ!」

ピーター「モンタギューを牛肉と間違えやがった(兵士たち笑う)」

グレゴリイ「食ったことがないとさ」

サムソン「やい、教えてやろう。モンタギューというのはな」

ピーター「俺たちの敵だ!おぼえとけ!!」

グレゴリイ「牛じゃないぞ!」

サムソン「それじゃ、豚か!(笑う)」

ピーター「そうだ、豚だ、豚!」

ティボルト「(笑って)モンタギューのおやじはさしずめ、老いぼれ豚のやせ豚だな。」

兵士たち「そうだ、そうだ!(笑う)」

バルサザー、こそこそと逃げて遠巻きになって見ている町人たちの中に入る。モンタギューの兵士たち上手から現れる。怒った様子。

エイブラハム「やい、きいたぞ!大きな声で悪口いったな。ご主人のことなんといった?さあ、もう一度言ってみろ!」

ピーター や、おいでなすった!エイブラハムにレオナルドにアルベルト。」

グレゴリイ「おう、いってやろう。モンタギューは牛じゃない。豚だ。のろまの老いぼれのやせ豚だ。どうだ、悔しいか?」

レオナルド・アルベルト「なにを!!」

エイブラハム「やい、ピーター。おれたちが豚ならば、お前たちは犬ッころだ。サムソン、お前は黒犬だ。グレゴリイ、お前は赤犬だ。キャピュレットのおやじははげ犬だ。」

レオナルド「そうだ、そうだ!」

アルベルト「ふせ!おまわり、おまわり!!」

レオナルド「ざまあみろ!しっぽまいて帰れ!!」

サムソン・グレゴリイ・ピーター「ちくしょう!!」

ティボルト「やい、おれはキャピュレットのティボルトだ。今の悪口はゆるしておけぬ。こっぴどくやっつけてやる!それ!!」

モンタギューの兵士たち「よし、さぁこい!!」

お互い剣を抜き、槍を構える。両者がぶつかろうとした時、ロミオとマキューシオが人々をかきわけて出てくる。

ロミオ「待て!どっちも槍をひけ!」

町人「ロミオ様だ!ロミオ様だ!!」

ロミオ「ばかもの!無用な争いはやめろ!!」

ロミオの強い調子に押されて兵士たちはたじろぐ。

マキューシオ「おや、ティボルト。どうしたんだ?相変わらずだな」

ティボルト「(苦笑い)」

ロミオ「……ティボルト、誓いを忘れたのか?太守殿の御用で君の家と僕の家は、もう二度と無用に争って町の平和をみだすようなことはしないと誓い合ったじゃないか。それを、どうしてまた…。命がおしくないか、帰れ!

ティボルト「(ロミオをにらんで)……ちぇ、仕方がない。ピーター。(うながす)」

ティボルトたち、去る。モンタギューの兵士も去る。町人、ざわめきながら辺りを片付ける。

ロミオ「…ああ、なんということだ。毎日こんな繰り返しだ。お互いの先祖のつまらぬいさかいが、まだその尾をひいて、何も知らない兵士たちまでがばかげた騒ぎをおこしている…」

マキューシオ「ヴェロナのどこかに悪魔が住んでいて、みんな、その悪魔の声にそそのかされているんだろうよ。モンタギューをやっつけろだの、キャピュレットをやっつけろだのってさ。」

ロミオ「マキューシオ、僕は自分の生まれが、家が情けなくて恥ずかしいよ。」

マキューシオ「失望することないさ。今に悪魔を追っ払う時がくるよ」

マキューシオ、肩に下げていたギターを弾いて、歌う

  ♪ 夜があけたら 朝の歌だ 

    旅には旅の 歌をうたい

    広場でみんな 陽気な歌を

    粉ひきおやじ 水車の歌

    羊飼いには 牧場の歌

    

    東の国に 東の歌

    西の国には 西の歌だ

    ヴェロナの町にゃ またその歌

    娘たちには うれしい歌

    歌はぶどうの つぶらつぶら

ロミオ 「マキューシオ、僕は君のように陽気にはなれない」。

マキューシオ 「(引きながら)大丈夫、なれるさ!歌えよロミオ、歌ってごらん」

マキューシオの歌に、町人は低い声であわせる。バルサザー、人をかきわけて出てくる。

バルサザー「ロミオ様、ロミオ様。田舎からはるばる出てまいりました。どうかおそばにお仕えさせてください。」

ロミオ「ほう」

マキューシオ「(歌やめて)誰だ、お前は?」

バルサザー「バルサザー、お人よしのバルサザーと申します」

マキューシオ「何か得意なものはあるか?」

バルサザー「…そのう、薪割を水汲みでございます」

マキューシオ「よかろう」

ロミオ「では、今日から僕の家に来い」

バルサザー「ありがとうございます!!ああ、よかった…」

ロミオとマキューシオ、上手の端に行く。舞台の明かり消えて、ロミオたちのところにスポット。

ロミオ「ところでマキューシオ。君に話したいことがあるんだ」

マキューシオ「なんだ、改まって。なんでもきこう。いってごらん。」

ロミオ「……実はゆうべの仮面舞踏会のことだ。」

マキューシオ「ああ、キャピュレットの…面白かったな。ちょっとした冒険だった。」

ロミオ「うん(懐から仮面を出す)」

マキューシオ「あ、これだな。奴ら、まさかモンタギューのロミオが来てるとは知らなかっただろう。」

ロミオ「うん、それでね」

マキューシオ「何かあったのかい?」

ロミオ「実は…そこで僕は美しい人に会ったんだ。踊りの相手を頼むとすぐに承知してくれた。マスクで顔はわからないが…身のこなしのやさしい、うっとりするような美しい声の、ダンスもすばらしく上手な人だ。…お互いに名前を言わず、ハンケチの交換をしてきた。ほら、Jとし刺繍がしてある。…ゆうべはとうとう眠れなかった。こんなこと、はじめてだ。…それで」

マキューシオ「あ、わかった。君の心はこのマキューシオが見通しだ。どれ、ちょっと見せてごらん。(ハンケチを受け取り)J…Jだな。このヘリオトローブの香り…はてな?よし、調べてみよう。おい、バルサザー」

バルサザー登場。マキューシオから何か命令される。スポットが消える。

下手端にスポット。ジュリエットとフランカが立っている。

フランカ お嬢様。お話とはいったい、どんなことでございますか?はっきりおっしゃってくださいませ。

ジュリエット「フランカの意地悪。そんなずけずけと聞くもんじゃないわ。」

フランカ「わたくしの言葉がお気に触ったらお許しくださいませ。でも、フランカは心配でなりませんのよ。」

ジュリエット「あやまらなくてもいいの、フランカ。…実はね」

フランカ「実は…なんでございましょう」

ジュリエット「また、そんな風にきく。…もう話さないわ」

フランカ「それじゃ困ります。どうぞおっしゃってくださいませ」

ジュリエット「何も言わないで聞いててね」

フランカ「ええ、ええ、何も申しませんとも。もう、ぜったい、一言も、口なんか聞きやしませんとも。ええ、ええ。」

ジュリエット「いや、きらい、フランカ」

フランカ「お怒りになったのでございますか?ああ、さようですか。ではもう、フランカもおたずねいたしません。やれやれ、仕事が減ってよかった。楽ができます。」

ジュリエット「ねえ、フランカ、フランカ…(返事がない)フランカったら、あら、怒ったの?ごめんなさい、フランカ。悪かったのよ、わたしが。機嫌なおして。…ねぇ、ねぇ。あのね、わたしの手箱の中にある、レースの襟のかざりあげるわ。あれはフランカに似合ってよ。ね、あげるからこちらを向いてちょうだい。」

フランカ「まぁ!本当でございますか。ありがとうございます。いただけるとなったらもう!では、さっそく…」

ジュリエット「だめよ、だめよ!まだ。私の話を聞いてからよ」

フランカ「でも、後になりますと…」

ジュリエット「大丈夫よ。わたし、うそなんかいわない。指切りげんまん」

フランカ「なんてまぁ、骨の折れるおじょうさまですこと。さて、じゃあ、そのお話しとやらを伺いましょう。」

ジュリエット「あのね、実は昨日の舞踏会のこと…」

フランカ「ああ、仮面舞踏会の…それで?」

ジュリエット「それでね、フランカ。私の顔みないでちょうだい!…あの時、私を踊りに誘ってくださった方があるの。すらりとしたお姿のしっかりした声の方。やさしく、親切で、踊りが終わってからもいろいろお話してくださったわ…」

フランカ「どこのどなたでございますか?」

ジュリエット「それがわかっていたら、フランカに話さないわ。お名前は伺わなかったけど、2人とも黒いマスクで…楽しい音楽…」

楽しい舞踏曲。ジュリエットはマスクをつけてそっと踊りだし、中央へ。ピンスポが追う。中央ではマスクをつけたロミオ。2人で静かに踊り、終わったらロミオはける。ジュリエットはもとの位置へ。

フランカ「何か手がかりでも?」

ジュリエット「それがね、これだけなの。(ハンケチを出す)Rと書いてあるだけ」

フランカ「R…R…困りましたわ。まるで雲をつかむみたい…」

ジュリエット「何かいい考えはない?」

フランカ「(考える)…そうでございますね、とにかく、これをお預かりして…」

ジュリエット「ええ、フランカ。お願いするわ、心から。お礼はなんでも…」

フランカ「かしこまりました。」

スポット消える。

上手にスポット。ロミオひとり。

ロミオ「(夢見る様に)ああ、この気持ちは一体、なんだろう?僕は美しい夢を呼吸している。どこからか飛んできた白い小鳩が、僕に優しい声をきかせてくれた。胸をときめかすその声を僕は忘れることができない。小鳩はどこかへまた飛んで行ってしまった。小鳩よ、お前はどこにいる?…でも、僕はきっとお前を探し出す。そして、お前をいつもそばにおいて、その美しい歌を楽しみたい。待っておいで、小鳩よ。僕はきっとお前をとらえてみせる。」

スポット消える。

下手にスポット。ジュリエット1人。

ジュリエット「(夢見る様に)…こんなことって本当にあるの?私のこの小さな胸のなかのお庭に赤い花びら一枚、舞落ちてきたの。バラかしら、それとも思い出を彩るマンネンロウのお花かしら。その一枚の花びらのために、お庭の様子がすっかり変わってしまったわ。お庭には春が来たの。生まれて初めてのこんな美しい思い…。けれど、そのお花は音のしない風に吹かれて、どこかへ行ってしまった。どこへ行ってしまったの?私は探さなくちゃならないわ。私のお花、あなたは一体どこにいるの?」

スポット消える。

中央にスポットライト。暗い中に僧ロレンス。低いハミングコーラス。

ロレンス「若い人達よ、夢を見るがいい。思うだけ自分の好きな夢を見るがいい。美しい夢、やさしい夢、のどかな夢、いろんな夢をみるがいい。たとえめざめて驚くようなことがあっても、夢見るがいい。夢をみるのはお前たちの特権だ。若い人達よ、夢を見るがいい。いつまでも、お前たちの夢のたのしさにひたっているがいい…」

ロレンス、ゆっくり歩み去る。

舞台、明転(C.I.)ヴェロナの町の広場。石段。壁。アーチ。塔。バルサザー登場。

バルサザー「(ハンケチを持って)…困ったな、困ったな。こんなハンケチ一枚渡されて、探せなんてむちゃな話だ。おやあ、これはいい匂いだぞ。すばらしい匂いだぞ。この匂いを目当てにすればいいのかな。」

バルサザー下手に去ると、入れ違いにフランカが下手から上手の方へ行く。

フランカ「(ハンケチを持って)…困った、困った。ほんとうにしようのないお嬢様ですわ。こんなハンケチ一枚で何がわかるもんですか。Rなんて字があったって、ロベルトかレオナルドかわかったもんじゃない。」

フランカ上手に入る。まもなく、2人、それぞれから出てくる。

バルサザー「困ったな、弱ったな。さっぱりわかりゃしない」

フランカ「困ったわ、弱ったわ。さっぱりわかりゃしないわ」

2人ばったりとぶつかる。

バルサザー・フランカ「「おや(まぁ)君は…(あんたは…)同じ村のフランカ(バルサザー)じゃないか(じゃないの)しばらくだったね!!」

バルサザー「ほんとうにしばらくだったね。こんなところで会うと思わなかった。」

フランカ「まったくね。あんたが村から出てくるってことは妹からきいたけど、まさかこんなところでねぇ」

バルサザー「元気だったかい?」

フランカ「ええ、田舎はどう?」

バルサザー「別に変わったこともないよ。おじいさんも元気だ。」

フランカ「そう。いいおじいさん、小さい頃、畑からの帰りなど、おじいさんは二人いっぺんにかかえて牛にのせてくれたわね。」

バルサザー「そうだ。麦笛をならしながら帰ったっけな。」

フランカ「あんたはずいぶんいたずらだったわよ。牛の背中でふざけすぎて二人でいっしょにどしゃあんっと…」

バルサザー「そうそ。蓮華の花畑の中へおっこちて、泥だらけで泣いたな。」

フランカ「悪い人…着物よごして、お母さんに叱られたわ。」

バルサザー「僕も裸にされて、うんとお尻をぶたれたっけ。」

フランカ「かじやのザックスおじさんたら…『どろんこの花嫁』だって、失礼しちゃうわね(二人で笑う)」

バルサザー「ところでフランカ、君は今、こちらで何をしてるんだ?」

フランカ「わあし、あるお屋敷で働いているわ」

バルサザー「へえ、僕もそうだ。田舎から出てきて、ようやくあるお屋敷に働き口をみつけたばかりだ。ところが、大変なことをいいつかって困ったよ。」

フランカ「そう…わたしの方のお嬢様ときたら、そりゃ、わがままで手に負えないわよ。時々、とんでもないことを言い出したりして…」

バルサザー「僕の所の若様はね、この間の舞踏会で会ったどこかのお姫様のことを調べろっていうんだよ」

フランカ「(怪訝な顔)…。」

バルサザー「ところが、その手がかりというのが、このハンケチ一枚なのさ。困ったよ、まったく…(ハンケチを出す)」

フランカ「まあ!よくよく同じような…そのハンケチ、ちょっと見せて」

バルサザー「これさ!Jって書いてある」

フランカ「あ!!!!これはお嬢様の…」

バルサザー「!!!なんだって?!!!」

フランカ「これを見て…(ハンケチを出す)」

バルサザー「あ!これはロミオ様のだ!!」

フランカ「これはジュリエット様のものよ!!」

バルサザー「それじゃあ、君はキャピュレットに…」

フランカ「あんたはモンタギューに…」

2人、互いに指し合って、おどろきに口をあけたまま。間。

バルサザー「おどろいた。へぇ…」

フランカ「お芝居みたいな話って、本当にあるものねぇ」

バルサザー「君のお屋敷がキャピュレットで、僕の所がモンタギューだとすると…」

フランカ「二人は仇同士ね」

バルサザー「キャピュレットの犬ッころ…」

フランカ「モンタギューのやせ豚…」

バルサザー「なんだと!!」

フランカ「何さ!もう一度言ってごらん!!!」

バルサザー「……よそう。フランカ、仇同士っていうのは両方のご主人だけだ。」

フランカ「そうよね。喧嘩は上の方よ。わたしたちは知らないこと。」

バルサザー「けんかや戦争はいつだって、上の方でやるんだ。下の方の僕たちは…」

フランカ「昔なじみの仲良しよ。」

バルサザー「だけどロミオ様…」

フランカ「ジュリエット様、お気の毒…」

バルサザー「どうしてお二人の家がああやって争わなければならないんだろう。」

フランカ「このことをおききになったら、ジュリエット様、どんなにおなげきになるか…(涙ぐむ)」

バルサザー「運命だ。不幸な運命だ」

フランカ「美しい方が必ずしも幸せではないのね…悲しい事だわ。」

バルサザー「では、フランカ。また会おう」

フランカ「ええ、さようなら」

バルサザー「さようなら」

フランカ下手へ去る。バルサザー上手に去りかけるとき、下手からマキューシオ、ギターを弾きながらあらわれる。

マキューシオ「おい、バルサザー、どうだ、わかったか?」

バルサザー、耳打ちで報告する。

マキューシオ「え!!」

ロミオ、上手からあらわれる。

マキューシオ「やあ、ロミオ。どうした?」

ロミオ「マキューシオ…」

マキューシオ「元気がないな。」

ロミオ「僕はゆうべ夢をみた。星の夢なんだよ。真っ暗な空をとぶ星なんだ。今朝からずっとその流れ星のことを考えている。」

マキューシオ「なんだ、星か。星がどうしたんだ?」

ロミオ「マキューシオ、僕は人の一生というものは、夜の空に流れる星がえがく線分のようなものだと思うよ。はじめと終わりのある直線だ。」

マキューシオ「うん、それで?」

ロミオ「激しく弾く線分もあれば、力弱く光鈍いものもある。だが、どの星もみな、流れて、もう帰らない。どこを向いて、何を目指して流れるのか、それだけが問題だ。…ゆうべ、夢にみた星は、僕の運命のような気がする。

マキューシオ「…。」

ロミオ「僕は一体どこへ流れていくんだ?…マキューシオ、あのハンケチのこと、わかったかい?」

マキューシオ「う、ううん。まだ…」

ロミオ「わからないのか?」

マキューシオ「ロミオ…」

   ♪ 嬉しい歌をひくように 

     悲しい歌がひけたなら

     僕のギターもはずむのに

     嬉しい時のあの歌と

     悲しい時のこの歌が

     おなじギターじゃせつなくて…

ティボルト、兵士とともに下手から登場。

ティボルト「やい、ロミオ!ここで見つけたが百年目!今日という今日はもう、許さんぞ!かくごしろ!!!」

ロミオ「(けげんに)なんだ、ティボルト。どうしたんだ?」

ティボルト「何をとぼける!さあ、勝負だ!勝負だ剣を抜け!!」(自分の剣も抜く)

マキューシオ「まて、待てティボルト。一体、なんのことだ?」

ロミオ「わからない。話せ、ティボルト」

ティボルト「なに?!わからない…?畜生!まだとぼけてるな!貴様は俺にはじをかかせた。キャピュレットの名に泥をぬった。その上また、俺の妹をたぶらかして…ええい、もう、かんべんならん!!こうしてやる!!」

ティボルト斬りかかる。ロミオはマキューシオにかばわれて下がる。

ロミオ「ティボルト!ちがう、何かの誤解だ!!落ち着け、話そう!!剣をひっこめろ!」

ティボルト「腰抜けめ!さあ、さあ、勝負だ!!」

マキューシオ「あぶない!やめろ!ティボルト!!乱暴するな!!話せばわかるんだ!!」

ティボルト「そんな話は聞き飽きた!どけどけ、さあロミオ!剣を抜け、剣を!!」

ティボルトはロミオを追いかける。ロミオは逃げる。ティボルトが剣を振り上げ、間に入ったマキューシオに突き刺さる。

ロミオ「ああ、マキューシオ!!」

ティボルト「(舌打ち)ええい、よけいな邪魔が入った。…ロミオ、この次は貴様の番だ!それまで命をあずけておく。だいじにしろ!!」

ティボルトは捨て台詞をのこして兵士と下手へかけ去る。ロミオ追いかけようとする。

マキューシオ「……まて、ロミオ……」

ロミオ「マキューシオ、大丈夫か?!しっかりしてくれ!!」

マキューシオ「ありがとう…ロミオ。僕のそばを離れないでくれ…」

ロミオ「…だが、マキューシオ。僕は行かなくちゃならない。あんな侮辱を受けて、そのうえ、親友の君をこんなにされて、とても黙ってはおれない。僕の名と、この剣の名誉にかけて、僕は行かなくちゃならないんだ。…ええい、憎らしいティボルトめ!わかってくれ、マキューシオ。おい、バルサザー、後をたのむ!!」

マキューシオ「まて、ロミオ…」

ロミオ「とめるな、マキューシオ。君の仇はきっと討つ。」

マキューシオ「ロミオ、僕の命はもういくらでもない。…だから、…僕の言うことをきいてくれ。」

ロミオ「……。」

マキューシオ「ロミオ、暴力にたいして暴力を報いるのはなんの役にも立たないことだ。同じ結果を繰り返すだけだ。ロミオ…。」

ロミオ「…。」

マキューシオ「…剣を抜かないこと、約束してくれ」

ロミオ「…う、うん」

マキューシオ「…きっと、だぜ。…僕のギターをとってくれ」

ロミオ、ギターを渡す。

マキューシオ「……おお、僕のギター…もう、おしまいだね…

    ♪ 東の国に 東のうた

      西の国には 西のうた……

……ロミオ、…やっぱり言おう。」

ロミオ「なんだ?」

マキューシオ「あのハンケチ…キャピュレットのジュリエット、ティボルトの妹……」

ロミオ「え?!……ジュリエット…そう…だったのか……なんという不幸だ」

マキューシオ「かわいそうなロミオ……

    ♪ うれしい歌を うたうように

      かなしい歌も うたえたら

      ぼくのギターも 弾むのに…」

ロミオ「……しっかり、しっかりしよう…心を静めて、目の前のことをはっきり見極めるのだ。…ロミオ、お前の夢も希望もむざんに打ち砕かれた。だが、お前はナイトだぞ。傷つけられた名誉を取り返さなくちゃならないのだぞ。

    ♪ ああ、僕の小鳩。

      お前がキャピュレットの窓にいようとは…

      こんなことなら、いっそ、お前の声を

      聞かなければよかった。

あのにくいティボルトがお前の兄だとは……」

ロミオ「……運命。こんなビッコでカタワな運命め。僕は運命がにくい。ティボルトよりさきに運命をつかまえてその胸につきさしてやりたい……(剣をとる)」

マキューシオ「ロミオ、剣を抜くな」

ロミオ「そうだった…マキューシオ。でも僕は…どうしたらいいんだ……」

ロミオは頭を抱え込む。そこへマキューシオの妹マリーナが駆け込んでくる。

マリーナ「お兄さま…」

マキューシオ「おお、マリーナ。よく来てくれた…。お母様は?」

マリーナ「太守様のところへお使いをやりましたから、もうまもなく…お兄さま、元気を出してちょうだい」

マキューシオ「マリーナ…お母様を大切に…」

マリーナ「いや、いや、お兄さま、死んじゃいや…」

マキューシオ「……」

マリーナ「お兄さま、しっかりして!お兄さまがなくなったら、マリーナは一体どうすればいいのです?いや、お兄さま、死なないで……」

マキューシオ「…マリーナ…

     ♪  東の国に 東のうた

        西の国には 西のうた

……さようなら…みんな、さようなら…」

マリーナ「ああ、お兄さま!お兄さま!!」

マキューシオ「父上。りっぱなナイトだった父上…僕をまねいていらっしゃる」

マリーナ「(泣く)」

マキューシオ「ロミオ。ずいぶん僕によくしてくれた。ありがとう。君の手をくれ…さようなら…しっかり生きて…マリーナ、母上を…」

マリーナ、泣き伏し、ロミオ立ち上がる。

ロミオ「ええい!キャピュレットとモンタギュー…はじめから間違っていたんだ!」

マリーナ「ロミオ様、お願いでございます。どうか、おとどまりください」

ロミオ「マリーナ、はなしてください」

マリーナ「いけません。ロミオ様、兄のマキューシオは暴力を心から憎んでいました。お願い、ロミオ様。」

ロミオ「(ややためらうが、ふりきって)わかったぞ、ロミオ!お前は運命にさからう運命をうけているんだ!」

ロミオは剣を抜いて下手へ駆け込む。兵士たちも。

10

舞台は薄暗い。ハミングコーラス。少し明るくなって、上手からロミオ登場。

ロミオ「堕落だ。落とし穴だ…この剣がティボルトの胸にささった。ティボルトの目が大きくひらいて、くやしそうにうめき声をたてた。僕は体が凍る思いをした。…しまった。もう取り返しがつかない。人の命とはなんだ?一瞬の間にもう消え失せてしまう。もろいはかないもの…そして、この僕だって、その儚い命をもった1人だのに…ロミオ、お前はもっとかしこいはずだった。お前は正義と平和を愛していたはずだった。お前は人間同士の争いを何よりも憎んでいた。それだのに、なんといことを…堕落だ。…お前は地獄へ行くんだ。そして、果てしれぬ恥と苦しみの底をはいずりまわるんだ。…ああ、マキューシオ、親切だったマキューシオ、空にいて安らかな顔をしているマキューシオよ。君は心から、暴力に対して暴力を用いるなと幾度も言った。僕はおろか者だ。マキューシオ、僕を軽蔑するだろうなあ…。」

ハミングコーラス。ふらふら歩き、ふと我に返る。

ロミオ「おや、ここはどこだ?僕はどうしてこんなところにいるんだ?…あ、ひょっとするとここは、キャピュレット家の庭かもしれないぞ。」

やや遠くからジュリエットの歌。

ロミオ「あ、あれは…」

下手がバルコニーになっていて、そこに誰かがくる様子。

ロミオ「誰か来るな。かくれよう。」

ロミオ、上手の隅に隠れる。

フランカ(声のみ)「おじょうさま、今頃そんなところにおいでになっては…」

ジュリエット(声のみ)「大丈夫よ、フランカ」

ジュリエット登場。

ジュリエット「私の胸は引き裂かれそうだわ。ええ、いっそさけてしまった方がいい。…いいえ、この体が裂けたって私の苦しみは消えやしない。私はこの小さな胸につつみきれない苦しみを墓の底までも、あのお星さまのところまでも持っていくのだわ。…ロミオ、あなたはどうして兄様に手をおかけいなったの?あなたはどうして私の不幸をおつくりになったの?あなたはどうして私の前においでになったの?あなたはどうしてモンタギューのロミオなの?私はあなたにたくさんたくさん尋ねてみたい…私にもしも鳩のような翼があったら、あなたのおそばへ飛んで行って、うんと泣いてあなたを困らせたい。…でも、だめ。私はキャピュレット家のジュリエット。あなたの仇の家の娘。私はあなたのおそばへは行けないわ。いつもこうして悲しみの露にぬれているだけなのよ。…ああ、ロミオ。あなたはどうしてモンタギューのロミオなの?…楽しかった舞踏会、せめてもう一度、あなたのお声をきくことができたなら…」

ロミオ「ジュリエット……」

ジュリエット「あら?だれか……だあれ?そら耳なのかしら、きっとそうね。こんな夜にお庭にいる人なんかありはしないもの。」

ロミオ「ジュリエット」

ジュリエット「あら、また、だあれ?返事をしてちょうだい。…やっぱり空耳。でもへんね、風の音かしら?」

ロミオ「ジュリエット」

ジュリエット「たしかに聞こえる!誰かお庭にいて私を呼んでいるのだわ!」

ロミオ「ジュリエット」

ジュリエット「(まねて)ジュリエット…もしや、ひょっとすると…」

ロミオ「ジュリエット…ジュリエット!!」

ジュリエット「あ、あの声……」

ロミオ「ジュリエット!!」

ジュリエット「ロミオ!!」

ロミオ「会いたかった…」

ジュリエット「…ロミオ」

ロミオ「ジュリエット、庭へ出ませんか?お話ししたいのです」

ジュリエット「いいえ、それはできませんの。」

ロミオ「どうして…」

ロミオあたりを見回すが、バルコニーに登る方法がない。

ロミオ「ああ、どうして二人はこんなに不運なのか」

ジュリエット「ロミオ…お花…」

ジュリエットは髪につけた赤い花をなげる。ロミオはひろって頬にあてる。

ロミオ「ジュリエット、この花はあなたの香りがする…」

ジュリエット「マンネンロウのお花ですわ。思い出をよみおこすのよ。」

ロミオ「せっかく会えたのに…僕たちはどうしてこんなに悲しいのだ…」

ジュリエット「この世には私たちの幸福はないのでしょうか」

ロミオ「せめて、ここでこうしていることが…」

ジュリエット「いつまでもこうしていたい」

ロミオ「ジュリエット、それもだめなのです。僕は太守殿のお怒りにふれて、明日はこの街から追放さえるのです。」

ジュリエット「ああ、夜の鳥よ。今夜はみんなお前の者よ。うんとうんと鳴いてちょうだい。暁の星よ、ようく眠って光を忘れてちょうだい。草の露よ。めくらになっておしまい。明日もあさっても、もうお日様を見ないように。いつまでもいつまでも…」

ロミオは石の壁によりかかり、ジュリエットはバルコニーにうずくまったまま。上手から

バルサザーが灯を手にして来る。下手の遠くからフランカの呼ぶ声。暗がりの奥から、僧ロレンスあらわれる。

ロレンス「かわいそうな2人よ。お前たちの夢は破れた。かわいそうな若い人たちよ。お前たちの夢はいつかきっとやぶれるのだ。夢がやぶれたときは悲しむがいい、嘆くがいい。お前たちの涙の露が地に落ちて、美しい花を育てるだろう。そんな夢をお前たちはまた見るがいい。かわいそうな2人よ。かわいそうな2人よ……」

ロレンスはける。

11 幕の前

遠く、とむらいの鐘。ハミングコーラス。下手からキャピュレットの兵士たち、ジュリエットのひつぎをかついで静かに来る。花を持った町の娘たち大勢。

娘1「お可哀想なジュリエット様」

娘2「ほんとに…」

娘3「お父様がむりやりにパリス様とご結婚させようとなさったのよ。」

娘4「でも、承知なさったのかしら…」

娘1「ええ、そうよ」

娘2「ところが、ご婚礼の前の晩に…」

娘3「毒薬をお飲みになったのですってね。」

娘4「花嫁衣裳のままで…」

娘1「おかわいそうに…」

娘2「ジュリエット様」

娘3「あんなにお優しいお美しい方が…」

娘4「ジュリエット様」

ひつぎの後について娘たちが去ると、入れ違いにフランカが下手からくる。

フランカ「…ジュリエット様。あなたはまあ、なんて方でしょう。何もおっしゃらずに…せめて私には一言ぐらいお話しくださってもよかったのに。フランカはおうらみしております。でも、何もかもおしまい…私が心をこめて縫って差し上げた花嫁衣装で神様のところへいらっしゃるなんて…あの衣装を着て、お化粧をなさって、あんなによろこんではしゃいでいらっしゃったのに、それが、朝になったらぽっくりと…ああ、何がなんだかさっぱりわかりません。私はおひまをいただきました。お嬢様がおいでにならなければ、フランカはもうお屋敷に御用がありませんもの……」

フランカ去ると、下手から僧ロレンス。上手からバルサザーがあたふたと出てくる。

バルサザー「もし、お坊様。ロレンス様。いいところでお会いしました。私はご追放になったロミオ様についてマンチュアへ行っておりましたが、ジュリエット様のお亡くなりになったことをききまして、急いでヴェロナへもどってきました。…ああ、疲れた。」

ロレンス「おう、お前はバルサザーだな。」

バルサザー「……で、ジュリエット様はほんとにお亡くなりになったので?」

ロレンス「…うむ」

バルサザー「そうでしたか。やっぱり。また、どうして…」

ロレンス「…うむ」

バルサザー「ロミオ様はもうお気が狂わんばかりに…周りのとめるのも聞かずに飛び出されました。」

ロレンス「何?!ロミオがマンチュアを出たと…?しまった!!」

バルサザー「え?」

ロレンス「お前はすぐにロミオのところへ行け!ジュリエットはほんとは死んだのではない。薬をのんで、四十二時間だけ死んだようになっているのだ。ジュリエットを家から出してやろうと、わしが薬をやったのだ!もう間もなく薬が切れ、生き返る頃だ。ロミオが今、ここへ帰ってきては大変だ!さあ、いそぎロミオのところへ飛んでいけ、さあ!!」

バルサザー「…っ!!!!??」

ロレンス「わかったか?」

バルサザー「さ、さっぱりわかりません。」

ロレンス「ジュリエットは薬をのんで死んだふりをしている。四十二時間たって、薬がきれて生き返ったら、わしがジュリエットをロミオのところへつれて行くのだ。それまでにロミオがここへ来ては…」

バルサザー「う、うわぁ!!大変だ!!で、ではすぐに行ってきます!!」

バルサザーまたあわてて上手へ去る。ロレンスも去る。幕あく。

12

キャピュレット家の墓所の中。石造り。鎧や盾、古いひつぎ。正面に大きな十字架。マリアの像。上手の高いところから階段で降りる。下手の台の上にジュリエットが死んだように寝ている。枕元には盃が一つある。ハミングコーラス。ロミオがジュリエットを呼びながら、階段を駆け下りてくる。

ロミオ「…おお、ジュリエット。ほんとに死んだの?ジュリエット、せめてもう一言でも、君のやさしい声が聴きたかったのに…なぜ君は死ぬことをいそいだのだ?なぜ僕を置いていくのだ?君は僕の不幸を倍にしてしまった…ああ、気が狂いそうだ。(ひざまずいて)神様、どうかこのロミオにお憐れみを…ロミオはいったいどうしたらいいのでしょう。お教えください。…美しい顔をしている。やすらかに眠っているようだ。清い顔、頬、愛らしい唇…瞳、ああ、この瞳はかたくとじて、もう二度とひらいて僕に微笑んでくれないのか…。おお、思い出の花マンネンロウ。すぎた日の懐かしい花。この花の赤さは僕の胸の悲しみをもっとかき立てる。…ジュリエット、なぜ死んだのだ?君にのこされて、僕はいったい何をあてに生きるのだ?(しだいに狂乱する)…僕は生きておれない。すべての希望がくだけたのに…そうだ。ジュリエット、僕も行こう。君の後を追って行くよ。こんな苦しみや恥をたえしのんで生きるより、いっそこの世をすてて、あのはれやかな空の国で、君といっしょに…ジュリエット、待っておいで、僕はすぐそこへ行く。そこにはマキューシオもいるんだね。」

ロミオは懐から薬を出して盃にいれる。

ロミオ「さあ、毒薬よ!僕を幸福と平和の国につれて行ってくれる、親切な毒薬よ!しっかりやっておくれ…」

ロミオ、毒薬を一息にのむ。ジュリエットのそばに倒れて死ぬ。…しばらくすると、ジュリエット目覚める。

ジュリエット「……ここはどこ?私はいま、どこにいるのでしょう?あ、お墓の中なのね。こわい。きみが悪い!!一人ぼっちで寝ていたのね。いつから…そう、ロレンス様にいただいたあのお薬をのんで、いまがちょうど、四十二時間なのだわ。ロミオに会いたいばかりにこんなことをしてしまったけど、もういやだわ。こんなきみのわるいところにいたくないわ。…早くロレンス様はいらっしゃればいいのに…フランカも来るかしら。あの人、怒っているでしょうね、何も言わなかったから。」

ジュリエット立って歩く。ふと盃を見つける。手に取って不思議そう。…ロミオを見つける。はげしい驚き。

ジュリエット「あら!人がいる!!…誰かしら?何をしているのかしら?ちっとも動かない。眠っているのね。…男の人ね。ぐっすり眠っているわ…あ!ロミオ…あなたはロミオ!!どうなさったのロミオ?!あ…あっ、あぁ…(半狂乱)どうしましょう、どうしましょう!!ロミオが、ロミオが死んでいるの!!ロミオ、どうしたの、ねぇ、返事して…。あなたは知らなかったのね。私が本当に死んだと思ったのね。私がいけないの。あなたに会いたいばかりにこんなことをして…ロミオ、もう私に言葉をかけてくれないのね。私だって…生きておれないわ(盃をとって)これだわ。ロミオ、あなたがひとり毒をのんで、私はどうすればいいの。どうやって…(あたりを見回し、ロミオの腰の剣に気付く)…ロミオ、待っていて。待っていてちょうだい。神様、どうか私たちの不幸な魂をお守りください。」

ジュリエット、剣を胸にあてて、ロミオのそばに倒れる。しばらくしてバルサザーがロミオを呼びながら階段を駆け下りてくる。倒れたロミオとジュリエットを見て立ちすくむ。

バルサザー「あ!遅かった!!」

兵士たち、町の娘たち、フランカ。

フランカ「(人をかきわけて)お嬢様!!お嬢様!!!!」

フランカはジュリエットにとりすがって泣く。やがて立ち、2人の上に花をまく。ハミングコーラス。町の娘たち二人の上に白い布をかけて花でかざる。僧ロレンスが下りてくる。

ロレンス「…おそかったか…あわれなロミオとジュリエット。若い人たちよ…夢見るがいい…かわいそうな2人よ。夢をみるがいい。ぐっすりと眠って、もう二度と、けっしてめざめることのない安らかな夢をたんとみるがいい。世の人たちよ。夢を忘れた世の人たちよ。もう、意地と欲のいさかいをやまて、若い二人の永遠に平和な夢を祝福してやるがいい。そしてこの若い二人のあわれな物語を忘れてはいけない。……よく考えるがいい。平和は夢の中にしかないのか。平和は夢の中にしかないのか。平和は…夢の中にしかないのか…。

僧ロレンスは静かに一歩ずつ、階段を昇っていく。ハミングコーラスが高くなって…

幕。