ドアから始まる七つの物語

ドアから始まる七つの物語

相田 優子 … 受験を控えた女子高校生

田所 颯太 … 優子の家庭教師

フランツ  … 王子

サファイア … 姫

トーマス  … 魔王

佐々木 翔 … 学生

田中 かおり… 学生

通行人(女・男)

女1

女2

リポーター … 元アイドル

ディレクター

テレビスタッフ(カメラ・音響など)

あかね   … 女子高生。気が強い。

さつき   … 女子高生。ぶりっこ。

みずほ   … 女子高生。おどおど。

ルナ    … 人形

ピナコ   … 人形

ジョージ  … 人形

桃子    … 人形の持ち主

さくら   … 姉

すみれ   … 妹

シーン①

中央にはドアのみ。下手側に優子の部屋。優子は音楽を聴いている。ノックの音。優子は気づかない。ノックの音。田所がドアから入ってくる。勉強をしていない優子の様子に呆れ、CDコンポの電源を切る。

優子「え?何??」

田所「こんにちは、優子ちゃん」

優子「先生?!ちょっとノックもなしに入ってこないでよ!!」

田所「したよ。気付かなかっただけでしょ」

優子「嘘だー!!」

田所「それより、今やってるの、この前の宿題じゃないか。やってなかったの?」

優子「ちょっと忘れてただけだってば。」

田所「はぁ……今年は受験生なんだろ?」

優子「受験って言ったって、まだ何カ月もあるもん」

田所「じゃあ余計に無駄にするわけにはいかないな。ほら、見てあげるから解いて。」

しばらく勉強する。しかし、優子はすぐ飽きてマンガを読もうとする。

田所「優子ちゃん。」

優子「……だってつまんないんだもん。文字ばっかりで。」

田所「普段から本を読まないからだよ。」

優子「長いと飽きちゃうの。」

田所「うーん…じゃあ、星新一とかいいんじゃないか?」

優子「星新一?」

田所「うん。ショートショートの神様って呼ばれているんだ。短編だけどとても面白いから優子ちゃんも読めると思うよ。」

優子「ねえ、どんな話があるの?ちょっと教えてよ!!」

田所「え、でも課題……」

優子「聞いたらちゃんとやるから!!お願い!!」

田所「しょうがないなぁ……。じゃあ、ドアを使ったこんな話…」

シーン②

 田所・優子はそのままだが照明は当たらない。サファイアが扉の向こう側から

うろうろしている。

サファイア「ああ…どうしよう。どうしたらいいのかしら。ねえ、誰か!!ここから出して!!お願いよ!!!」

フランツ「姫!!サファイア姫はいますか!!」

サファイア「フランツ?!」

フランツ「姫、ここにいたんですね。今、ここから出して差し上げます!!」

トーマス「そうはいくか!!」

サファイア「!!?」

フランツ「出たな、魔王!!姫は返してもらう!!」

トーマス「黙れ!!サファイアは渡さん!!」

フランツとトーマスの殺陣。サファイアはひたすらうろたえている。そして、フ

ランツがトーマスを切り捨て、扉の鍵をあげる。

フランツ「姫、もう安心してください。さあ……」

サファイア「トーマス!!」

フランツ「え……」

サファイア「いや、死なないで!!トーマス!!」

トーマス「サファイア……君を…愛して……」

サファイア「いやああああああああ」

フランツ、そろそろと後退し、はける。

田所・優子に照明。この間にサファイアとフランツに担がれたトーマスはける。

優子「…………何それ。」

田所「先生オリジナルのショートショートだ!!」

優子「いや、意味わかんないし。そもそもなんでサファイア姫監禁されてたの?」

田所「あ、えっと、それは話の都合上というか……」

優子「先生、才能ない。ありえない。しかも恋愛物とかもっとありえない。」

田所「そ、そんなに言うなら、優子ちゃんも何か話してごらんよ。」

優子「仕方ないなぁ。じゃあ、こんな話なんてどう?」

シーン③

翔がプレゼントを持ってドアの前にいる。

翔「ああ……どうしよう。ついに来ちゃったよ……。いや、けっしてやましい事なんかないし?田中さんが休んじゃった時のプリント届けに来ただけだし?!!ついでに今日誕生日だって聞いたから、プレゼントを持ってきただけだし?!!!そう、ついで!!ついでに持ってきただけだから!!!……何やってるんだろう、俺。プリント持ってきたとか、家、逆方向だし……。なんなら、田中さんと一度もしゃべったことないし……。でも、一目ぼれだったんだ!!少しでも、知り合いになりたいからって今回の件を引き受けたんじゃないか!!さあ、勇気をもっていくぞ!!」

インターフォンを押そうとした瞬間、通行人(女)が通る。慌てて離れる。

翔「あ……危ない、危ない。俺は今間違いを犯すところだった。そう、プリントはわかる。わかるぞ。でも、プレゼントってなんだよ、プレゼントって。完全に不審者じゃないか。なんで誕生日知ってるんだって話だろ?いやあ、危なかった。うん、俺は今は冷静だ。……でも、これ高かったんだよな。お、お見舞いの品として渡しておくのはどうかな。そうだ、それがいい!!お見舞いの品を届けたのが偶然!!偶然誕生日の日だったんだよ。よ、よし!!いざ!!」

再びインターフォンを押そうとするが、通行人(男)が通る。慌てて離れる。

翔 「…あー、あぶねぇ!!うっかり、「happybirthday かおり♡」ってメッセージカードが入っているの忘れてた!!はぁ……もう何やってもだめだ。ポストに入れるだけでいいんじゃないか……?でも、それじゃあ俺と田中さんと接点なくなるし……。そ、そうだ!!次にここを通る人が女なら、直接渡す。男なら、すっぱり諦めて、ポストに投函しよう。プレゼントは……まあ、捨てるしかないか。…よし!!」

そわそわしながら待っていると、女の声が聞こえてくる。ガッツポーズ。

男女のカップルが出てきて、はける。

翔 「え、えー…。まじかー……。これ、どうするべきかな……。あっ!」

プレゼントを落とす。落ちた中身を見て、何かを決意した表情になり、ゆっくり

とインターフォンを押す。

かおり「はーい」

翔  「こ、こんにちは」

かおり「あれ?佐々木君?」

翔  「あの……これ……」

照明が田所・優子に移る。

優子 「ね!素敵でしょ?!!」

田所「え?結局二人はどうなったの?」

優子「そんな野暮な事きかないでよ!だから先生は才能がないの!」

田所「ええー!」

優子「だって、私の話のほうが上手だったでしょう?」

田所「そ、それは恋愛物だったからだよ!いくらなんでも、恋愛物は現役女子高生に勝てないって!!」

優子「うっそだー!たんに先生の才能がないだけだよ!!」

田所「じゃあ、こんな話はどうだろう?」

シーン④

扉を左右にはさんで女1・女2が登場。

女1「……もしもし?」

女2「ねえ、どうしよう!!私やっぱり呪われているの!!」

女1「落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから!!」

女2「さっきから人の笑い声みたいなのが外から聞こえてきて、それで…」

女1「怖い事なんてなにもないわ!きっと酔っ払いか何かよ!」

女2「ほんとうに?」

女1「ほんとうよ!なんなら、今からあんたの家行ってあげるって!」

女2「大丈夫なの?」

女1「平気よ!自転車でいけばすぐつくし」

女2「そうじゃなくって……」

女1「何?」

女2「……」

女1「ちょっと、もしもし?」

女2「……ねえ、誰かと一緒にいるの?」

女1「何で?」

女2「何でって……さっきから電話口から聞こえてくるから。」

女1「え……」

女2「笑い声が……」

どんどんどん!!という激しいノック音。同時に扉を振り返る。暗転。

明転。リポーターとテレビスタッフ、ディレクター登場。

リポーター「突如として姿を消した2人。その真相を探るべく、失踪した女性が最後にいたと思われる部屋に来ています。部屋には……重苦しい空気がいまだ残っているようで……(突然、スタッフの一人が苦しみだす)っ?!どうしましたか?!!ちょっと、カメラ止めて!!」

ディレクター「いったんカット!!!」

リポーター「……はあ、こんな感じでいいんですかぁ?」

ディレクター「ばっちりだよ!!噂の幽霊部屋に潜入!!その時テレビスタッフの身に予想外の出来事が!!うんうん、視聴率とれるよーきっと。」

リポーター「こんな仕事ばっか……いい加減、ドラマとか出演させてくださいよ。」

ディレクター「はっはっは!このリポートが上手くいけば大した役者だと思われるかもしれないよー?」

リポーター「でっちあげ番組に加担したってイメージ悪くありません?」

ディレクター「テレビ番組なんてそんなもんだって。」

リポーター「あーあ、これならアイドル続けてたほうがよかったなぁ」

ディレクター「売れないのに?」

リポーター「またそうやって意地悪なこと……ん?」

ディレクター「どうしたの?」

リポーター「携帯電話が落ちてて……番組の小道具ですか?」

ディレクター「いや、うちじゃないと思うけど……。大方、肝試しにでもきた若者の忘れ物じゃないか?」

リポーター「そっかー。(電話がなる)わ!!」

ディレクター「今度は何?」

リポーター「電話がなっちゃって……もしもし?」

ディレクター「いや、普通出る?」

リポーター「だって持ち主かもしれないじゃないですか!って、あれ?もしもーし?」

ディレクター「携帯の持ち主だった?」

リポーター「え、いや、なんか笑い声が聞こえて……」

どんどんどん!と激しいノック音。全員扉を振り返る。暗転。

優子・田所の部分だけ照明がつく。

優子「ちょっと!!怖い話なら怖い話って先に言ってよ!!」

田所「ははは、それだけ怖がっているところをみると、なかなかの出来だったってことだろう?」

優子「ずるい!!携帯いじれなくなったらどうするのよ!!」

田所「勉強がはかどるんじゃないか?」

優子「か、関係ないし!!じゃあ、今度は私の番ね!!」

田所「いや、勉強を……」

優子「すっごーく怖い話をしてあげるわ。あのね、学校の友達にきいた話なんだけど…」

シーン⑤

あかね・さつき・みずほが楽しそうに話しながら歩いてくる。

あかね「あ、トイレ一個しか使えないじゃん。」

さつき「ほんとだ!故障中とかありえなーい。うちの学校って本当にボロいよね。」

みずほ「ど、どうしようか。誰が一番先に入る?」

あかね「えー!超お腹痛いのにー!順番に入るのかー」

みずほ「あ、えっと……」

さつき「あかね、入ってきなよ!うちらは大丈夫だから。」

あかね「え?まじ?」

さつき「ね、みずほ!」

みずほ「う、うん。あかねちゃん。先に使って?」

あかね「さんきゅー!持つべきものは優しい友達だね!!」

さつき「何言ってんのよ。早く行きなって。」

あかね「はーい。じゃ、おさきに~」

あかね、扉の中にはいる。

みずほ「トイレ、いつ故障直るんだろうね?」

さつき「……てかさ、普通じゃんけんとかしない?」

みずほ「何が?」

さつき「何って、入る順番。」

みずほ「え……でもさつきちゃんが……」

さつき「だって、あんなデカい声で『お腹いたーい』とか言っちゃうんだよ?絶対一番先に入る気満々だったって。」

みずほ「そ、そうかな」

さつき「当然って感じで『お先に~』だって。あかねっていつもそうだよね。」

みずほ「えっと……」

さつき「自分のわがままは叶えられて当然って感じ?むかつく~」

みずほ「うーん……。」

さつき「あんな女王様と友達とかないない!みずほ、みずほだけが癒しなんだからね!!あの女王様に何か言われたらすぐ私に言いつけて!!」

みずほ「あ……うん。ありがとう。」

さつき「それにしても、本当むかつくよね、さっきの態度~」

水の流れる音。あかねがでてくる。

さつき「……むかつくよね~科学の黒沢の態度~」

みずほ「え?え?」

あかね「なんの話?」

さつき「化学の黒沢!偉そうな態度がむかつく~って話!」

あかね「わかる!!可愛い子ひいきするよね!!」

さつき「可愛い子かな~?どっちかっていうと、黒沢に媚び売ってる子をひいきするって感じ?どっちにしろ嫌な感じだよね~」

あかね「確かに!それよりも、次は誰がトイレ入る?」

さつき「あ~……じゃんけんする?」

みずほ「え?!あ、いや、私最後でいいよ。さつきちゃん、行ってきて。」

さつき「そう?悪いわね、ありがと!みずほ、だ~い好き!!」

あかね「早く入りなって。」

さつき、扉の奥に入る。

みずほ「そ、それにしても黒沢先生、ひどいね!えこひいきするなんて……」

あかね「いや、普通にさつきが嫌いなだけじゃね?黒沢って。」

みずほ「え……」

あかね「あいつぶりっ子だしさ、自分のこと本気で可愛いと思ってるんだもん。私だってあいつの相手すんの嫌だし。」

みずほ「そ、そうかな……」

あかね「そうそう。しかも、あいつ自分より可愛いって言われる子が嫌いでさ、露骨にいやみとか言うんだって。」

みずほ「あ……そういえば……」

あかね「ぶっちゃけさつき、黒沢のこと狙ってたと思うよ。」

みずほ「え?!!」

あかね「だって、あいつの前でいつもの3倍はぶりぶりぶりっこしてたもん。『先生ぇ~ここわかぁんなぁ~い』とか言っちゃって。でも、黒沢って実はもう結婚しててさ。この前奥さんと子どもと歩いているの見ちゃったんだ!!」

みずほ「さ、さつきちゃんには黙っていた方が……」

あかね「もちろん!!『フラれて可哀想なわ・た・し』とかやられても困るし」

みずほ「あはは……」

あかね「だからみずほもこのこと言うなよ。みずほのことだけは信じてるんだからね!!」

みずほ「あ、ありがとう……」

あかね「女同士の約束だからね!!」

水の音。さつき出てくる。

あかね「絶対秘密だから!」

さつき「……何が秘密?」

みずほ「あ、さつきちゃん…あの、その…」

あかね「私がこっそり授業をサボってアイドルのコンサートに行ったこと、絶対秘密だからね!!」

みずほ「えええええ」

さつき「何それ!面白そうな話!!」

あかね「みずほにも念を押して置いたけど、さつきも内緒だからね!!共犯よ!!」

さつき「オッケー!任せてよ!!」

みずほ「あ、あはははは……」

さつき「あ、みずほ。待たせてごめんね!どうぞ?」

みずほ「ありがとう……あの」

あかね「はやく!次の授業始まっちゃうよ!!」

みずほ「う、うん……」

みずほ扉の向こう側にいく。

あかね「……みずほってさ」

さつき「うん」

あかね「なんか八方美人じゃない?」

さつき「わかる!!なんか、『私は害のない一般人です~』」

あかね「『みんなの意見に合わせます~』」

さつき「あるあるある!!」

あかね「しかも、なんかいつも被害者面というかさ」

さつき「誰に対してもいい子ぶってるよね。うざーい」

あかね「正直さ、ああいうおとなしい子ほど裏で何してるかわかんないよね。」

さつき「人の悪口ばっかり言ってるかも。」

あかね「えー!私も言われてるのかな?」

さつき「あかねは大丈夫だよ!人気者だし、友達多いし!!」

あかね「そっかなー?」

さつき「それより、私の方が言われてそう……」

あかね「さつきが?!ないない!!こんなに可愛いさつきを悪く言うやつがいたら私がぶっ飛ばしてやる!!」

さつき「もうほんとにあかね、愛してるー!!」

水の音。みずほが出てくる。

みずほ「お待たせ……け、喧嘩とか、してない、よね?」

あかね「はあ?喧嘩するわけないじゃん!!うちら超仲良しだもん。」

さつき「ねー!!」

あかね「私たちの友情は不滅だ!!」

さつき「おー!!」

みずほ「お、おー?」

あかね「あ、やば!!時間!!」

さつき「次なんだっけ?」

みずほ「たしか英語……」

三人はける。

田所「……怖い、ね。」

優子「怖いよね~。でも、これ実際にあった話で、今でもその三人は仲良く遊んでるんだって。」

田所「……怖いね」

優子「怖いよね~。」

田所「でも……その三人も、いつまでも一緒ってわけじゃないんだよね。」

優子「え?」

田所「いつかは、誰だって、別れの時が来る。」

優子「……。」

田所「本当は、帰る時に言おうと思ったんだけど……実は」

優子「思いついた!!」

田所「え?」

優子「話!思いついたの!!」

田所「い、いや、あのさ」

優子「まず、聞いて!!あのね!!」

シーン⑥

暗転。青ホリ。人形たちが転がっている。

ルナ「……もう、十年たつわね。」

ジョージ「何が?」

ルナ「私たちがここに入れられてから。」

ピナコ「……やめて。」

ルナ「正確には、私たちが桃子に忘れられてからかしら?」

ピナコ「やめて!!聞きたくない!!」

ジョージ「おい、ルナ!!」

ルナ「……だって現実を見なさいよ。私たち人形とさよならして、このくらい倉庫に押し込められて……。一体どのくらい放置されてきたと思っているの?ほこりまみれで頭がおかしくなりそうだわ。」

ピナコ「……本当に、頭がおかしくなったんじゃない?」

ルナ「は?」

ピナコ「桃子のこと悪く言うなんて。頭がおかしくなった証拠じゃない。」

ルナ「なんですって?」

ジョージ「おい、落ち着けって」

ピナコ「私、悪くないもん!!ひどいのは桃子のこと悪く言うルナのほうよ!」

ルナ「ピナコ……あんた、泣かされた位の?!」

ピナコ「人形だから涙なんかでないもん!!」

ルナ「人形でも悲しい気持ちはあるんだからね!!」

ピナコ「そうよ、悲しいわ!!……悲しいの、桃子が、私たちを忘れてしまって。」

ルナ「……。」

ピナコ「悲しい……寂しい……」

ルナ「……。」

ジョージ「まあ、僕たち、桃子が生まれたときから傍にいたもんな。」

ルナ「うん……覚えてる。」

ジョージ「布製だったピナコなんか、なんどよだれまみれにされたか。」

ピナコ「だって、桃子ったらすぐ私を口にいれようとするのよ。でもね、そうすると桃子のママが優しく洗ってくれたの。」

ジョージ「僕はネジがついていたから、少し大きくなるまで待たなきゃいけなかった。」

ルナ「でも、ジョージのネジを巻くのが楽しくて楽しくて、一日中巻いていたこともあったわね。」

ジョージ「男の子と取り合いされた時は、破壊されるのを覚悟したね。」

ルナ「無事でよかった。」

ジョージ「ルナこそ、女の子の中で取り合いだったじゃないか。」

ピナコ「桃子、他の子に取られないようルナのお洋服一生懸命手作りしていたもんね。」

ルナ「……そうね。チャックもぐちゃぐちゃ、変なビーズだらけの最悪のセンスだったけど……とても着心地がよかったわ。」

ジョージ「そのころに比べたら、その衣装はとても成長したね。」

ピナコ「私の服も作ってくれたわ。」

ルナ「何度も『絶対あなたに似合うはず』ってニコニコ笑いながら話しかけてくれて、一週間かかったの。これ。」

ジョージ「とても似合ってるよ。」

ルナ「……もうほこりまみれだけどね。」

ピナコ「……桃子は、ほんとうに忘れちゃったのかな。」

ルナ「ピナコ……」

ピナコ「……このまま、ここにいて、桃子と会えないままゴミにだされちゃうのかな。」

ジョージ「……それは、わからない。」

ピナコ「……うん。」

ルナ「……最後に一回、桃子に会いたかったわね。」

ピナコ「…………うん。」

足音。桃子登場。扉を開けようとするが、硬くてなかなか開かない。

ジョージ「誰かきた!!」

ピナコ「ま、まさか私たちを捨てに……?!」

ルナ「動いちゃだめ!!人形に戻って!!」

ドアが開く。明るい照明。

桃子「もー!立て付けが悪いのかしら。えっと、このあたりに……。あ!いた!!」

ルナ・ピナコ・ジョージが身を固くする。

桃子「ルナ……私が前に作ってあげた服、ほこりだらけになっちゃってる。ジョージは……まだ動くかしら?ああ、それからピナコ!!あなたたちにはこれからうんと働いてもらうから。私ね、もうすぐ子どもが生まれるの。女の子よ!!赤ちゃんの相手はピナコ、やっぱりあなたじゃなくちゃね。ずいぶん長い間閉じ込めちゃってごめんね。今、お洗濯しようね。」

人形たち、こっそり顔を見合わせて笑い合う。

田所・優子のほうに照明。

田所「……優子ちゃん」

優子「それからね、それから人形たちはね。」

田所「ねえ、優子ちゃん。」

優子「まだ終わりじゃないから!だから聞いてってば!!」

田所「順番的に、次は俺だよね?」

優子「え?」

田所「ショートショート」

優子「……。」

田所「聞いてくれる?これで、きっとおしまいだから。」

優子「そんな……っ!!」

田所「これはね、とある姉妹の物語なんだ。」

シーン⑦

さくらが大きな荷物を抱えて出てくる。

すみれ「お姉ちゃん、待って!!」

さくら「なぁに?」

すみれ「これ、お世話になる人に渡すって言っていたお土産だよ。」

さくら「あ!忘れてた!!」

すみれ「リビングに置きっぱなしだったの見て、慌てて持ってきたんだよ。」

さくら「いつもありがとね、すみれ」

すみれ「まったくだよ。お姉ちゃん、うっかりすぎるんだよ。」

さくら「妹がしっかりしているおかげで、姉はうっかりできるのです。」

すみれ「何言ってるんだか…。」

さくら「……。」

すみれ「……。……けっこう、遠いよね。アメリカって。」

さくら「飛行機であっという間だよ。」

すみれ「でも、電話だって気軽にできないし……。」

さくら「そうだね。だから、手紙いっぱい書くね。」

すみれ「……さみしくなったら、帰ってきていいんだよ?」

さくら「ふふ……そんなこと言ったらすぐに帰ってきちゃうかも。」

すみれ「本当?!!」

さくら「でも、研修があるし、少なくとも来年までは帰れないかな。」

すみれ「来年……」

さくら「そんな顔、しないでよ。」

すみれ「どんな顔?」

さくら「捨てられた犬の顔」

すみれ「うそだー!!」

さくら「うそじゃないって!こう……段ボールの中でクゥーンって鳴いてそう。」

すみれ「ええー!」

さくら「うーそ!」

すみれ「もう、お姉ちゃん!!」

さくら「あははは。……もうそろそろ、行かなきゃ。」

すみれ「……うん。」

さくら「部屋、広くなるね。」

すみれ「別に、お姉ちゃんも物、捨てたりしないよ。」

さくら「捨てていいよ。多分、もう使わないし。」

すみれ「……捨てないし。」

さくら「……うん、じゃあ、大事に使っておいて。そのうち、取りに来るかもしれないし。」

すみれ「……うん。」

さくら「夜、ちゃんと寝るんだよ。」

すみれ「……もう、お姉ちゃんの寝言で起こされることないから安心だもん。」

さくら「寝言なんて言ってないし。」

すみれ「言ってたし。」

さくら「えー……。あ、それから、お父さんとお母さんの言うことよく聞くんだよ。もう反抗してもかばってあげられないんだから。」

すみれ「反抗期は終わったもん。」

さくら「それから、えっと……」

すみれ「そんなに心配なら……置いていかないでよ。」

さくら「すみれ……。」

すみれ「行かないで……まだ、一緒にいようよ……。」

さくら「すみれ……。ごめんね。でも、私は行きたい。」

すみれ「……うん。」

さくら「ずっとずっと憧れていた夢を叶えたいの。」

すみれ「……うん。」

さくら「私だって、お父さんとお母さんと、それからすみれ、あなたと離れるのはすごく寂しい。」

すみれ「……うん。」

さくら「だからこそ、いっぱい頑張って、胸を張って帰ってきたい。」

すみれ「……うん。」

さくら「今日、このドアから出ていく私を忘れないでいてね。」

すみれ「え?」

さくら「そして一年後、立派に成長して、またこのドアから帰ってくる。その時、ちゃんと迎えてね。今みたいに。」

すみれ「……うん。約束する。」

さくら「約束。じゃあ、もういかなきゃ。」

すみれ「お姉ちゃん。」

さくら「何?」

すみれ「……いってらっしゃい。」

さくら「……いってきます。」

ドアからさくら出ていく。

田所・優子に照明があたる。

田所「……優子ちゃん。」

優子「……。」

田所「俺、今月で家庭教師のバイト辞めるんだ。君のご両親には伝えてある。」

優子「……。」

田所「教師になりたいんだ。そのためにもっともっと勉強しなくちゃいけなくて、今年はバイトをしている余裕がないんだ。」

優子「……。」

田所「本当は、教師なんてなる気はなかったんだ。」

優子「……え?」

田所「何かとめんどくさそうだし、公務員って柄じゃないからね。」

優子「じゃあ、なんで……」

田所「優子ちゃんがいたからかな。」

優子「私?」

田所「そう。たしかに、ちょっと不真面目なところもあったけど、けれど君はいつもあきらめずに問題に取り組んでくれた。答え合わせをして合っているとすごく喜んでくれて、間違えた問題には悔しそうに、でも理解できるまで何度も挑戦していた。そんな姿をみてね、人に教えるってなんて素敵なことなんだろうって思ったんだ。」

優子「……私のせいで、先生、家庭教師やめちゃうの?」

田所「違うよ。優子ちゃんの『おかげ』で、夢を見つけられたんだ。」

優子「夢……。」

田所「だから、すごく感謝しているんだ。ありがとう。」

優子「……うん。」

田所「あー……話していたらもうこんな時間か。でも、今日のお話し、どれもすごく面白かった。優子ちゃんは、創作の才能があるのかもね。」

優子「……先生は、才能ないもんね。」

田所「残念ながらね。じゃあ、行くね。」

優子「うん。先生、いままでありがとうございました。」

田所「……こちらこそ。それじゃあ、元気で。受験、頑張ってね。」

優子「うん。」

田所、扉から出ていく。優子、ぼんやりとしている。

ノックの音。

ドアを振り返り、近づく。

ゆっくりとドアを開けていく。

幕。